Netflix『ガス人間』で堤田蓮役に抜擢されたUTAさん。実は俳優デビュー以前から、バスケとモデルという2つの世界で経歴を積み重ねてきました。

音楽系メディアの取材で「畑違いの経験がある人ほど現場で強い」というケースをよく見てきたんですが、UTAさんの経歴もまさにそのタイプだと感じています。
この記事では、UTAさんのバスケ時代からモデル活動、俳優転身までの経歴を時系列で整理していきます。
この記事でわかること
- UTAさんがバスケに打ち込んでいた時期と実績
- モデルとしてキャリアをスタートさせたきっかけ
- 俳優転身までの時系列の流れ
ガス人間 UTAのバスケ時代
俳優・モデルとしての顔を持つUTAさんですが、実はその原点はバスケットボールにあります。ポジションはガードで、大学時代にはU-24強化選手として日本代表候補合宿に参加した実績もあります。
具体的な実績やプレースタイルは、➔✨UTAのバスケ実力と軌跡まとめ!日本代表合宿招集レベルの実力を調査【ガス人間】で詳しく取り上げています。
UTAのモデル時代
バスケ一筋だった生活から一転、UTAさんはモデルとして世界の舞台に立つことになります。この転機がどのように訪れたのかを見ていきます。
UTAがモデルを始めたきっかけは?
モデルとしての挑戦は、祖母・樹木希林さんの後押しがきっかけだったと本人が明かしています。
2019年のVOGUE JAPANインタビューで、モデルとしてのキャリアを始める後押しをしてくれたのは祖母だったと語っています。
若い頃にしかできない挑戦をすること、自分の安全地帯の外に出ること、服を通して自分を客観視することの大切さを教わったといいます。
また、家族から芸能界入りを強制されたことはなく、自分のペースで好きなことに向き合わせてもらっていると話しています。



有名な家族を持つからといって芸能界入りが自然な流れになるわけではなく、本人の意思と後押しがあってこそ、というエピソードは素直に好感が持てますよね。
UTAのモデルデビューはいつ?
2018年6月27日、フランスのモデルエージェンシーと契約し、パリコレでランウェイデビューしたことが発表されました。
デビューの場となったのは、コム デ ギャルソン オム プリュス、アンダーカバーといった世界的なブランドのショー。
バスケ推薦で大学に進学した学生が、契約からわずかな期間でパリの舞台に立ったという流れは、当時から大きな注目を集めていました。



大学でバスケに打ち込んでいた人が、数年後にはパリのランウェイに立っているという転身のスピード感、素直にすごいなと思います。
モデル時代の主な活動・実績は?
コム デ ギャルソンやエルメス、KENZOなど世界的ブランドのショーやメディアで実績を重ねてきました。
2018年のパリコレデビュー以降、UTAさんは着実に国際的な実績を積み上げています。
| 時期 | 活動内容 |
|---|---|
| 2019年 | コム デ ギャルソン オム プリュス、アンダーカバー、トッズ、エルメスなどのショーに出演。VOGUE JAPAN、i-D、GQ JAPANなどのメディアにも登場 |
| 2019年秋冬 | ロフィシエル・オム・イタリアの表紙を飾る |
| 2020年 | エルメス、ポール・スミスなど、パリのショーに出演 |
| 2023年 | パリ・メンズコレクションでKENZOのオープニングルックを務め、同ウィークのDOUBLETでもオープニングを担当 |
UTAさんのモデル時代を振り返ると、2023年のパリ・ファッション・ウィークで大きな存在感を見せていたことがわかります。
特に注目したいのが、NIGOさんが手がけるKENZO Fall/Winter 2023.24のショーです。所属エージェンシーSUCCESS MEN公式では、UTAさんがこのショーでオープニングを務めたことが紹介されています。
また、UTAさん本人もInstagramで「first ever show opening」と投稿しており、本人にとっても大きな節目だったことがうかがえます。
さらに同シーズンには、doublet FW23でもオープニングを担当。本人Instagramでは「2nd show opening this season」と投稿しており、モデルとしてパリのランウェイで高く評価されていたことが伝わります。
ショーの途中ででてくるピンクのうさぎの被り物をしているのがUTAさんです!
この経験は、『ガス人間』で見せる無機質な立ち姿や、言葉に頼らない存在感にもつながっているのかもしれません。



一流ブランドのオープニングルックを任されるのは、話題性だけでは難しいポジションなんですよね。現場からの信頼があってこそだと感じます。
UTAが堤田蓮役で俳優に転向した経緯
バスケ、モデルと経歴を重ねてきたUTAさんが、次に選んだのが俳優という道でした。この章では転向のきっかけを時系列で追います。
俳優転向のきっかけは?
モデルとしての表現力を高めるため、2019年時点ですでに演技レッスンを受けていたと明かしています。
2019年のVOGUE JAPANインタビューでは、いつか演技に挑戦したいとしながら、モデルとしての表現力を高めるために芝居のレッスンを受けていると語っていました。
さらに2026年のインタビューでは、5〜6年前から海外作品のオーディションを受けていたことも明かしています。
当時はまだ演技そのものに強い関心を持てていなかったとも振り返っており、『ガス人間』への出演をきっかけに、改めて本格的な演技レッスンに取り組んだという流れが語られています。



芸能メディアの取材をしていると、「突然の抜擢」に見える起用ほど、実は本人が水面下で長く準備しているケースをよく見かけます。UTAさんの場合も、モデルの延長線上で演技に触れ続けていたパターンに近いと感じました。
「俳優になりたい」という強い意志が最初からあったというより、モデルとして表現の幅を広げる中で演技と向き合ってきた蓄積が、『ガス人間』という難役への挑戦につながったと考えられます。
モデル経験は俳優挑戦にどう生きた?
ランウェイで培った身体表現が、今回の演技の土台になったと語られています。
配信記念イベントや取材では、モデルとしてランウェイを歩いてきた経験が役作りにも生かされたことが語られています。
一定のリズムで歩く姿勢や間の取り方など、モデル特有の身体表現が、人間なのか判然としない存在を演じる上での土台になったようですね。



表舞台での見せ方を熟知している人だからこそ出せる“間”のようなものは、モデル経験ならではの強みだと思います。
俳優デビュー作は『ガス人間』の堤田蓮役?
2026年5月13日、Netflix公式が『ガス人間』のタイトルロール出演を発表しました。
Netflix公式は本作を演技初挑戦・俳優デビュー作として位置づけており、UTAさんの存在感がこの難役の起用理由として紹介されています。



演技初挑戦の新人に、いきなりタイトルロールを任せる判断って正直かなり思い切ってますよね。「色がついていない」ことをむしろ武器として起用する、という視点が興味深いです。
配信記念イベントでの本人のコメントでも、これまでの人生でやってこなかった経験を数多く積んだ制作期間だったことが語られていました。
バスケで培った身体性、モデルで磨いた表現力、そして数年単位で重ねてきた演技レッスン。
この3つが揃った状態での俳優デビューだったと捉えると、『ガス人間』という難役への抜擢にもうなずけるものがあります。
UTAの経歴年表(時系列まとめ)
ここまでの流れを、年表として一覧にまとめました。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1997年10月1日 | 誕生 |
| 12歳 | スイス・ル・ロゼ学院へ留学 |
| 16歳 | 渡米、IMGアカデミーでバスケに打ち込む |
| 2018年6月27日 | パリコレでモデルデビュー発表 |
| 2019年4月15日 | VOGUE JAPANインタビュー公開(演技レッスンに言及) |
| 2023年 | パリ・メンズコレクションでKENZO・DOUBLETのオープニングルックを務める |
| 2026年5月13日 | Netflix公式が『ガス人間』出演・俳優デビューを発表 |
| 2026年7月2日 | 『ガス人間』配信開始 |
まとめ
UTAさんの経歴は、バスケ・モデル・俳優という一見バラバラに見える3つの分野を、着実に積み重ねてきた歩みでした。
この記事のまとめのポイント
- 学生時代はバスケットボールに打ち込み、大学時代はU-24強化選手にも選出された
- 2018年にパリコレでモデルデビューし、KENZOなど世界的ブランドで実績を積んだ
- 2019年時点ですでに演技レッスンを受けており、俳優転向は長い準備の末の結果だった
バスケで培った体幹、モデルで磨いた表現力、そして数年をかけた演技レッスン。
一つひとつの経歴が積み重なった先に『ガス人間』での俳優デビューがあると考えると、この作品での演技にも注目したいポイントが増えてきます。










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