ガス人間で印象的に流れる、サザンオールスターズの「いとしのエリー」。この曲がなぜ流れるのか、気になった人も多いはずです。

ガス人間でいとしのエリーが流れる瞬間、鳥肌が立った人も多いんじゃないでしょうか。あの曲の使い方は本当に見事でした。
実はこの曲、蓮にとって特別な記憶と結びついた曲であり、蓮と京子をつなぐ運命の曲でもあります。
この記事では、ガス人間のいとしのエリーが流れる意味や、蓮との関係を詳しく考察していきます。
この記事でわかること
- いとしのエリーがなぜ流れるのか
- いとしのエリーが流れるシーンの意味
- 蓮と京子をつなぐいとしのエリーの関係
ガス人間のいとしのエリーはなぜ流れる?
ここでは、ガス人間でいとしのエリーが流れる理由や、その仕組みについて見ていきましょう。
いとしのエリーは蓮を実体化させるトリガー
いとしのエリーは、ガス人間となった蓮を実体化させる起動トリガーとなっています。



最初にこの曲が流れた瞬間、鳥肌が立った人も多いんじゃないでしょうか。あの使い方は本当に見事でした。
ガス人間(堤田蓮)はもともと、隕石事故に巻き込まれてガス状の存在になってしまった人物です。
普段は感情のない石像のような姿で動きを止めていますが、いとしのエリーが流れた瞬間だけ、まるでスイッチが入ったかのように反応します。
このとき蓮が発するセリフが、ラジオ番組を真似た「リスナーさん、願いをひとつ言ってください」という言葉です。
いとしのエリーが流れるシーンはどこ?
いとしのエリーは、蓮が人の姿に戻る瞬間だけでなく、岡本と京子が心を通わせる車内のシーンでも流れています。
いとしのエリーが流れるのは、蓮が人の姿に戻る瞬間です。作中では第5話を中心に、蓮の過去や京子との出会いのシーンで印象的に使われています。
蓮がこの曲と初めて出会ったのは、幼い頃にブンコラーメンの店主に保護されたときでした。当時、蓮は「今まで言えなかったありがとう」というラジオ企画にダメ元でハガキを送り続けており、その投稿がちょうど選ばれた日に、店主がリクエストしていたいとしのエリーがオンエアされたのです。
このエピソードによって、いとしのエリーは蓮にとって「救われた瞬間」を象徴する曲になりました。そして時を経て、飢えてボロボロの姿だった京子を蓮が保護したその日にも、偶然この曲が流れます。
物語の中盤では、雨の夜、車の中で岡本と京子が2人きりになるシーンでもこの曲が流れます。眠れないと話す京子に、岡本が「心臓に手を当てて鼓動を聞くと眠れる」と提案し、京子が実際に胸に手を当てて目を閉じたその瞬間、いとしのエリーが流れ始めます。
蓮を実体化させるためではなく、2人の心の距離が近づく瞬間を象徴する使われ方といえるでしょう。
いとしのエリーは誰がかけても蓮は反応するの?
結論から言うと、いとしのエリーは誰がかけても蓮は反応します。曲を再生する人を選ばない仕組みになっています。
いとしのエリーは、再生する人を問わず蓮を実体化させる曲として描かれています。
蓮が石像から人の姿に戻るために必要なのは、あくまで「いとしのエリーが流れること」だけです。京子が意図的に流す場合もあれば、ラジオから偶然流れてくる場合もあり、誰の手によって再生されたかは関係ありません。
この仕組みが後の物語で悪用されていく点も、いとしのエリーという曲の恐ろしさを際立たせる要素になっています。
ガス人間のいとしのエリーの意味とは?
いとしのエリーは、ガス人間(堤田蓮)にとって「誰かに救われた瞬間」を象徴する曲です。この曲には、蓮自身の過去と、京子との出会いという2つの記憶が重なっています。



いとしのエリーは、蓮にとって恩人から受けた優しさの記憶であり、京子との出会いの瞬間にも流れた運命的な曲です。
蓮と店主のラジオのエピソードとは?
蓮がいとしのエリーと出会ったのは、幼い頃にブンコラーメンの店主に保護されたときでした。
お腹を空かせていた蓮は、店の外から羨ましそうに店内を見つめていたところを店主に見つけられ、ラーメンをご馳走してもらいます。
このとき蓮は、ラジオ番組の「今まで言えなかったありがとう」という企画にダメ元でハガキを送り続けていました。
ちょうどその日、蓮のハガキが選ばれて読まれ、さらに店主がリクエストしていたいとしのエリーがオンエアされるという偶然が重なります。



ラジオへの投稿が採用される瞬間の高揚感って、投稿した経験がある人ほど分かるんですよね。あの一瞬の喜びが、蓮の人生を支える曲になったのは切ないです。
京子と出会った日に流れた理由は?
蓮が京子を保護した日にも、偶然いとしのエリーが流れます。
飢えてボロボロの姿でラーメン店の前をさまよっていた京子を見つけた蓮は、京子を店に招き入れ、ラーメンを食べさせます。このとき店内のラジオから流れていたのが、かつて蓮自身が救われた日と同じいとしのエリーでした。



自分が救われた曲で、次は誰かを救う。そんな巡り合わせがあるなんて、ちょっと信じたくなりますよね。
蓮にとってこの曲は「誰かを救う瞬間に流れる曲」として、無意識のうちに刻まれていたのかもしれません。店主から受けた優しさを、今度は自分が京子に返す。そんな循環をいとしのエリーという1曲が静かに結びつけています。
ガス人間のいとしのエリーと蓮の関係とは?
ガス人間(堤田蓮)は、いとしのエリーが流れると誰の願いであっても、そのまま実行してしまいます。京子専用の仕組みではないという点が、この曲の恐ろしさを際立たせています。



蓮は口頭・手段を問わず、誰の願いであっても聞いてしまいます。京子だけの特別な力ではありません。
蓮は誰の願いでも聞いてしまうの?
ガス人間の蓮が「京子専用のリモコン」ではないことは、作中の複数のシーンから明らかになっています。
第6話では、都知事の三浦が口頭で蓮に命令し、動画配信者の兄妹である富士太・華歩が襲われ、兄の富士太が命を落としました。この時点で、蓮が京子以外の願いにも応じてしまうことが示されています。
さらに第7話では、三浦が自身の願いを叶えさせる形で、蓮に事務所を襲撃させています。
そして第8話では、富士太が生前に仕込んでいた隠しカメラの映像から、三浦が蓮に対して「今から約2時間後、事務所のボランティアスタッフ3人を殺せ。それと駅前のホームレスを皆殺しにしろ。そして俺は殺すなよ」と命じていた事実が判明します。
三浦はこの命令によって、自分の事務所の人間を犠牲にしながら自分は無傷のままでいることで、同情票を集めようとしていました。



善意の記憶が生んだ曲が、こんな形で悪用されてしまうのは本当に皮肉ですよね。
なぜサザンの「いとしのエリー」が選ばれた?
いとしのエリーの起用は、脚本を務めたヨン・サンホの希望がきっかけでした。
ヨン・サンホは、共同脚本のリュ・ヨンジェと相談し、サザンオールスターズの「いとしのエリー」はどうか、という結論になりましたとコメントしています(引用元:THE FIRST TIMES)。
また、監督の片山慎三も、
編集を進めていく中で曲がもつイメージが話を追うごとに様々な印象に変わっていくことに驚かされました(引用元:eiga.com)
と語っており、制作陣にとってもこの曲が特別な存在だったことがうかがえます。
昭和・平成・令和と世代を超えて愛されてきたいとしのエリーだからこそ、ガス人間という令和のドラマに、切なさと懐かしさを同時に持ち込めたのかもしれません。
最終話ラストシーンに込められた意味とは?
最終話ラストは、京子が岡本のもとへ煙となって還ってくることで、いとしのエリーが「救いと再会の曲」として着地する意味を持っています。
事件から1年後、岡本はソファーで目を閉じています。
隣の部屋には一筋の煙が入っていき、京子を思わせる人影の形を作り上げるところで物語は幕を閉じます。
この直前、京子は蓮に「自分を殺すように」仕向けてほしいと願い、旧JNT本社ビルの地下金庫室で姿を消していました。



最初と最後、両方に同じ曲を置く構成、狙って作られてるはずなんですけど、答え合わせされた瞬間にちゃんと泣かせにくるんですよね。
いとしのエリーはこれまで、蓮が「誰かに救われた瞬間」や、岡本と京子が「心を通わせる瞬間」に流れてきた曲でした。
物語の最後にもう一度この曲とともに京子が現れるということは、消えたはずの京子が、形を変えてでも岡本のもとへ還ってきたことを意味しているとも読み取れます。
1年後、岡本の前に現れた「煙」の正体とは?
最終話ラストは1年後の描写で、岡本のもとに京子を思わせる煙の人影が現れて終わります。
最終話のラストシーンは、事件から1年が経過した場面です。岡本はソファーに横たわり、目を閉じています。
隣の部屋のベッドの前に一筋の煙が入っていき、その煙がゆっくりと立ち上がりながら、女性らしい曲線を描く人影の形を作り上げていくところで物語は幕を閉じます。



煙が「女性らしい曲線」を作っていくっていう描写の仕方、直接的に姿を見せない分、想像の余白がすごいんですよね。
このシーンの直前、京子は蓮に「自分を殺すように」仕向けてほしいと願い、旧JNT本社ビルへ向かいます。地下の金庫室で蓮に飲み込まれて姿を消しますが、その体は完全に消滅したわけではなく、1年後に煙という形で岡本のもとへ戻ってきた、とも読み取れる終わり方です。
いとしのエリーが「誰かを救う瞬間」「心を通わせる瞬間」に流れてきた曲だったことを踏まえると、このラストの煙も、京子から岡本への最後のメッセージのように感じられます。
指輪に込められた意味とは?
京子は消える直前、岡本が渡せなかったプロポーズの指輪を自ら見つけて着けています。
京子と岡本のあいだには、結ばれることのなかった過去があります。
岡本はかつてプロポーズをしようとしましたが、京子の仕事が理由でその機会を逃していました。二人が唯一密着した場面といえば、酔った岡本を京子が家まで運び、ベッドに一緒に倒れ込んだ夜のシーンのみです。



渡せなかった指輪を、消える直前に自分で見つけて着けるシーン、演出としてかなり静かに刺さってくるんですよね。
金庫室に向かう前、京子は旧JNT本社ビルで、岡本が渡せずにいた指輪を見つけ、自分の手ではめます。
その後、地下金庫室で蓮に飲み込まれて姿を消しますが、指輪だけがその場に残されます。
まとめ
ここまで、ガス人間のいとしのエリーがなぜ流れるのか、そして蓮と京子をつなぐ意味について見てきました。
この記事のまとめポイント
- いとしのエリーは、ガス人間(堤田蓮)を実体化させる起動トリガーとして使われている
- この曲は、蓮が幼い頃にブンコラーメンの店主から受けた優しさの記憶と結びついている
- 京子と出会った日にも同じ曲が流れ、蓮と京子をつなぐ運命の曲になった
- いとしのエリーは京子専用の仕組みではなく、誰の願いであっても蓮は実行してしまう
- 第6話・第7話・第8話を通じて、この仕組みが権力者の私利私欲のために悪用されたことが明らかになる
- 最終話ラストは1年後の描写で、京子を思わせる煙が岡本のもとに現れて終わる
- 消える直前、京子は岡本が渡せなかった指輪を自ら着けている
いとしのエリーは、蓮にとって救われた記憶の象徴でありながら、同時に恐ろしい悲劇を生み出す装置にもなってしまいました。
この1曲が持つ二面性こそ、ガス人間という物語の核心を静かに物語っています。










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